Hiroe Higuchi かつて山崎豊子の小説『華麗なる一族』の舞台となり、2017年にはG7首脳会議の会場にも選ばれた歴史あるクラシックホテル、志摩観光ホテル。調理部門に総勢120人のスタッフを抱えるその大組織の総料理長に女性が就任するというニュースは、時代を変え年に総料理長に就任し、現在も厨房の最前線で指揮を執る樋口宏江る革命的な出来事として料理界に広まった。その女性とは、2014さんである。地元・三重の海産物を主役に据える革新的なフランス料理をつくり、同ホテルの名総料理長として知られた高橋忠之さんの下で修業を積んだ樋口さん。高橋さんは男女平等で実力主義であり、だからこそ、言い訳が許されない中で力をつけていった。その後、厨房の後輩だった料理人と結婚し、2児の母に。家族のために料理人を辞し、転職した夫の思いも背負って走り続けたその先に、総料さんが決してやめなかったのは、家族のための食事をつくり続ける理長というポジションが待っていた。仕事がどんなに忙しくても樋口こと。昼営業が終わった後に急いで自宅に帰って料理をつくり、「一緒にいられないぶん、自分の料理を食べて健康でいてほしい」とたくさんの愛情を込めた。今、子育てが少し落ち着いた樋口さんが取り組むのは、下の世代のための環境づくり。総料理長という立場から、女性たちが安心して働ける場所を整えるのが次の目標だ。111022ひぐちひろえ1971年、三重県出身。1991年に志摩観光ホテルへ入社し、1994年にホテル志摩スペイン村「アルカサル」のシェフに。その後、志摩観光ホテルのフランス料理店「ラ・メール」で料理人として研鑽。2008年、志摩観光ホテル ザ ベイスイート開業とともに、同館内に新たにつくられたラ・メールのシェフとなる。2014年、志摩観光ホテル総料理長に就任。2016年にはG7伊勢志摩サミットでワーキングディナーを担当。2017年、農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」にて女性初、三重県初のブロンズ賞を受賞。2023年、フランス農事功労章 シュヴァリエを受章、同年に株式会社近鉄・都ホテルズ取締役に就任。志摩観光ホテル 三重県志摩市阿児町神明731ミンチを加え、漉してビーフコンソメとする。のもの)で焼き上げる。スペシャリテつくり方(概略)1971年生まれ ⃝ 三重三重県が世界に誇る食材、松坂牛。「地元を代表する食材なので、当ホテルへいらっしゃるお客さまにはぜひ召し上がっていただきたいものの、霜降りの肉質はフランス料理のコースの中ではどうしても重たく感じられ、残される方も多かった」。そこで、より軽やかな仕立てを追い求め、料理の締めにある「焼きおにぎりのお茶漬け」のようなイメージの料理に仕上げた。脂身の少ないフィレ肉を選び、三重県産の備長炭の炭火で焼いてからスライス。リゾットを香ばしく焼き上げた「焼きおにぎり」の上にのせている。さっぱりと食べられるように、薬味のような感覚で刻んだネギをのせ、トマトウォーターで割り、カツオ節の香りをつけたビーフコンソメを客前で注いだら完成。ビーフコンソメの味のベースにあるのは、高橋忠之総料理長直伝のチキンブイヨン。丸鶏から丁寧にダブルコンソメの手法でとったもので、同ホテルに受け継がれるほとんどの料理の味のベースにもなっている。なお、G7伊勢志摩サミットの際に三重県の生産者を数多く訪れたことでできたつながりを表現するために、三重県で伝統的な「手火山製法」と呼ばれる伝統的な燻し方でつくられているカツオ節を使用。高橋総料理長がアワビやイセエビなどの地元の海産物をフランス料理に取り入れたのと同じように、地元の文化とフランス料理を融合させながら、自分らしく表現したいという思いを込めた。1 丸鶏(ひね鶏)を四つ割にし、タマネギ、ニンジン、セロリとともに水から2時間煮出し、冷ます。漉してから、そこにさらに同じ材料を加えて、2時間煮出したものをチキンブイヨンとする。2 1のチキンブイヨンに牛のフィレひも肉を入れて加熱し、香味野菜、牛のスネ肉の3 1と2にトマトウォーター(フレッシュなトマトをミキサーにかけ、果肉の重みで自然に漉して抽出した水分)を足して温め、地元産の血合い抜きのカツオ節の削り節を加えて香りを移す。4 脂が少なめの松阪牛のフィレ肉を、備長炭(生産者から直接仕入れる、三重県産5 米(三重県産「結びの神」)、もち麦(三重県志摩産「米澤もち麦」)、パルミジャーノ・レッジャーノでリゾットをつくり、バットに薄く流してセルクルで抜く。たっぷりのオリーブオイルを敷いたフライパンで、表面を香ばしく焼く。6 皿に5をのせ、一口大に切った4を重ね、焦がしバターと2のビーフコンソメでつくったエスプーマを添える。青ネギ、付け合わせの季節野菜(この日はナノハナの塩ゆで)、厚削りのカツオ節を飾る。提供し、客前で3を注ぐ。志摩観光ホテル 総料理長自分の S松阪牛フィレ肉 伊勢志摩備長炭焼焼きリゾットと鰹のコンソメとともに樋口 宏江[デザイナー]西巻直美[デザイナー]西巻直美pécialité について装丁から本文まで一冊まるごとデザインさせていただきました。素朴さと静謐感を軸にしながら、人物を魅力的に、食材を美しくおいしそうに見せることを意識しました。天地・小口・ノドの余白感や、ノンブル書体の選定までも細かに気を配っています。本書に登場するシェフの皆さんにも喜んでいただけるデザインになったと思っています。
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